ホルミシスのルーツ
中学の保健体育で「ルーの三原則」というものを習いました1)。「運動しなければ筋肉は衰える、適度な運動は筋肉を発達させる、運動し過ぎると身体を壊す」というトレーニング理論です。当たり前の話ですが、これはまさにホルミシスを表現した考え方です。
ルー(Wilhelm Roux, 1850-1924)2)はドイツの生物学者であり、実験発生学の創始者の一人です。彼は生物の組織や器官は、その機能に応じて発達すると考えました。「使えば発達する、使わなければ衰える、使い過ぎれば障害を起こす」筋肉だけではありません。骨も、免疫も、神経も同じです。

19世紀ドイツにはもう一つ有名な考え方があります。アルント-シュルツの法則です3)。「弱い刺激は生体機能を促進し、強い刺激は抑制し、極めて強い刺激は停止させる」今日のホルミシス理論の源流としてよく引用されますが、ルーの考え方の方が本質を表しているように思います。
Hormesis(ホルミシス)」という言葉ができたのは1943年です。アメリカのChester M. SouthamとJohn Ehrlichが、木材腐朽菌の代謝研究で、高濃度では毒である化学物質が、低濃度では逆に成長を促進する現象を観察し、ギリシャ語のhormaein(ὁρμᾶν:刺激、活性化)からHormesisと命名しました4)。
ホルミシスは単に「少量の毒が身体によい」という話ではありません。重要なのは、生体が刺激に応答して自らの機能を変化させることです。運動によって筋肉が鍛えられるように、DNA修復系、抗酸化系、免疫系などが適度な刺激によって鍛えられる現象です。
ホルミシスは「恒常性維持能力のトレーニング」です。生物は外界からの刺激を受けながら進化してきました。重力があるから骨がある。感染症があるから免疫がある。環境ストレスがあるから防御機構がある。
完全に無菌で、無重力で、ストレスのない環境で生物は進化してきたわけではありません。適度なストレスによって生体機能が維持され、強化され、このことで進化する。この考え方を一個体の細胞レベルにまで拡張したものがホルミシスであると考えています。
1) 競技スポーツのための原理・原則。学習院ひろば(1992)
2) Wilhelm Roux. Wikipedia
3) Arndt-Schulz rule. Wikipedia
4) Southam CM, Ehrlich J. Effect of extract o western red-cedar heartwood on certein wood-decaying fungi in culture. Phytopathology 33:517 (1943)
(JM)